水分摂取は人間にとって欠かせない重要なことですが、怪我や病気による後遺症でうまく水分摂取ができないことも多くあります。
病気や怪我などで後遺症が残った方に対して、作業療法士がどのように水分摂取を介助、リハビリを行っているのか、症例と合わせてご紹介いたします。また適切な水分や摂取方法、水分摂取で得られる効果など、作業療法士ならではの「水」について、詳しく解説いたします。
水分摂取の介助が必要な人とは?
例えば脳卒中になり半身に麻痺が後遺症として残った場合を考えてみます。まず喉の筋肉の麻痺が強い患者さんはうまく水を飲み込めず気管に水が入ってしまい、最終的に肺に水がたまることとなり肺炎(誤嚥性肺炎)となってしまいます。
次に脳卒中になると視力に問題はないのに左右の片側だけを認知することができない障がい(半側空間無視)があります。この障がいを持っていると、空間の半分を認識出来ないので、例え水の入ったコップが目の前にあってもコップに気づけない為に水を飲めないことがあります。
このように障がいを持つ方には水分摂取はとても難しいことになってしまいます。
水分が飲み込みにくい嚥下障がいの場合
人が最も飲み込みにくいのは水だと言われています。
嚥下障がい(水や食べ物の飲み込みがしにくい)を持つ方は、水やお味噌汁などの液体がうまく飲み込めず気管に入り、最終的に肺に入ってしまうことが多くあります。
逆に人が最も飲み込みやすいのがゼリーだと言われています。
その為、嚥下障がいのある方はお茶などにとろみをつける専用の粉を使用して液体にとろみをつけます。
とろみの具合は言語聴覚士や看護師が立ち会い、とろみをどこまで強くするか決めていきます。
とろみをつける粉は無味無臭なので、味に変化が出てしまうことは少ないですが、とろみのついた水というのはなかなか飲みづらいという方が多い為、お茶やスポーツドリンクなどに主にとろみをつけて水分摂取を勧めます。
作業療法では水分を取る時の姿勢をアドバイスしたり、首や肩の柔軟性が維持および向上するような訓練を行ったりして誤嚥性肺炎にならないようサポートします。
例えば左右に均等に体重をかけて座れているか、体が捻れていないか、足の裏は地面にしっかりとついているか、というところを観察して修正した方が良いところがあれば指導いたします。
コップが見えず水分摂取できない場合
半側空間無視は見たもの正常に認識出来ない症状です。
視力が良くても目で見た情報を脳に伝え、脳がその情報を処理しなければ物が見えたとは言えません。
この後遺症の為、目の前にコップが置いてあっても気づけず水を飲めない場合、作業療法では2つの方法でリハビリを行います。
コップの位置を決める
コップの位置を決めるというのはコップの位置を決め、常に同じところにコップを置いておくことを原則化するものです。
机などに印をつけて常に同じ位置にコップが置かれるようにルール化します。
半側空間無視を少しでも減らせるような訓練をする
次に半側空間無視を少しでも減らすということですが、半側空間無視は治りにくい症状の一つで完璧に半側空間無視が治るというのは珍しいことです。
しかし訓練を重ねれば「見えていない」ということに気づけるようになり、首を動かして自分が認識出来る範囲を増やすことでカバーすることが出来ます。
机にコップが見当たらなくても、首を動かしながらコップを探すことで、見つけることが出来るようになります。
訓練内容は人それぞれですが、まずは「見えていない」ということに本人が気づくことが重要です。
怪我や麻痺・老化などで手を上手く動かせない場合
怪我や麻痺、老化などで手を上手く使えなかったり、筋力が低下した方には、作業療法士が適切なコップ選びをします。
このような物は一般的に自助具と呼ばれ大抵は介護専門雑誌に掲載されていることが多いので、その中から作業療法士が選ぶことがあります。
またその方に合ったコップが無かった場合は、手作りをしてその方が水分を摂りやすいように工夫します。
作業療法士は100円均一、ホームセンターなどで自助具作成に必要な物を購入し、様々な試行錯誤を繰り返してその方に合った自助具を作ります。
リハビリテーション専門病院などに勤務していて、自助具を作ることが多い作業療法士は、常に様々な100円均一とホームセンターを巡り、いつでも自助具を作れるように日々アンテナを張っています。
水分摂取を拒まれる場合の対策
「トイレに行きたくなるから水分は摂りたくない」という方は少なくないと思います。高齢になればなるほどそういった傾向にあります。
高齢者は足腰が弱ったり、体力が落ちているのでなるべく活動量が多くならないようにコントロールします。また頻尿の方も多い為より水分摂取を遠ざける結果となってしまいます。
尿モレが気になる方はさらに水分摂取は遠ざけたいものなのです。
しかし春先でも夏と変わらない暑さであったり、冬でもエアコンによる乾燥で水分摂取が必要なのは春夏秋冬、時期を問いません。この為、作業療法では頻尿や尿モレを予防する対策を指導して水分摂取をうながします。
頻尿の方は弾性ストッキングを履いたり、昼間に寝転んで足を頭より高く挙げる姿勢で休憩をとることで改善する場合があります。
それらのことを実践してもらい、水分摂取をしても頻回にトイレに行かなくても大丈夫なようにします。
また尿モレがあり水分摂取を遠ざけている方には、尿モレの予防運動や尿モレを防ぐ、筋力トレーニングなどを指導し、安心して水分摂取が出来るように促していきます。
精神疾患の水分摂取での注意点
統合失調症やうつ病になり、抗精神病薬を医師から処方されることがあります。
抗精神病薬の副作用で口喝感を訴える患者さんが多くいます。
口や喉が渇く為、多量に水分を摂取してしまう方がいますが、1度に多くの水分を取ってしまうと、低ナトリウム血症を引き起こす水中毒になる危険性があります。
水分過剰摂取によって、むくみ、疲労感、頭痛、嘔吐などの症状を呈します。
また重篤な場合、痙攣、昏睡、呼吸困難となり、死に至ることもあります。
いわゆる水中毒にあたる状態です。喉が渇いても一気に水を飲まないよう注意しなければなりません。
主治医の先生に副作用で喉が渇くことや水を飲み過ぎてしまうことを伝え、薬を調整してもらったり薬を変えて貰うことで、喉の渇きを軽減したり、水分管理についてアドバイスをしてもらえます。水分は不足しても、身体に不調を来たします。
適切な水分とは?
水分と言っても様々なものがありますが、全て体内に吸収されるものだとは限りません。
アルコールとカフェインが少ないものが推奨されております。
ビールや日本酒などアルコールの入っているものは飲むと逆に水分を体から失ってしまうことになります。
これはアルコールの分解に水分を必要とする為です。またコーヒーや紅茶、緑茶も水分摂取には向いていません。
カフェインは利尿作用がある為、身体中の水分が尿となって失われてしまいます。
作業療法では患者さんや利用者さんがどういった飲み物を飲んでいるかを聞き取り、アルコールやカフェイン摂取が多い場合は注意を促し、麦茶、水道水、ルイボスティー、など利尿作用がないものを飲むよう指導します。
特にビールやお酒を飲む方に対しては、アルコールを摂取したら水を飲むことを忘れないよう説明します。
カフェインを大量に摂取すると、自律神経を刺激し、交感神経優位にさせる働きがあります。
精神を興奮させることになる為、飲む時間と量を適切にするように指導します。
またスポーツドリンクなどは糖分が多く含まれている為、糖尿病の既往がある方には注意が必要です。
効率の良い水分摂取の方法とは?
15分に1回、180ml~250mlの水分を摂ることが望ましいとされています。
2L~3Lを目標にして飲むと体の毒素の排出に効果的です。
一気に摂った水分は全て尿として排泄されてしまう為、こまめな水分摂取が基本とされています。
水分摂取は体内の血液を綺麗にすることに欠かせない重要なことですが、いわゆるガブ飲みというのはせっかく摂った水分を無駄にしかねない為、注意が必要です。
作業療法士はこれらのことを説明し看護師や介護士、患者さんの家族と連携して日常的に水分摂取が出来ているかを確認します。
水分摂取は口からだけ?
病気や老化で口から水分摂取をすることが難しくなった方の多くは、胃ろうを造設し水分を補給していきます。
胃ろうとは、お腹に小さな穴を開けて胃までチューブを通してそこから栄養や水分を摂る方法です。
看護師、介護士、言語聴覚士、作業療法士が連携して、胃ろうを造設することが本人にとって本当に良い選択かを話し合います。
家族や本人の意思もとても大切な為、胃ろうを造設する方が良いと医療側が判断した時は慎重に説明していきます。
胃ろうは1度造っても簡単に止めることが出来る為、口から水分を摂れるようになるまでのつなぎとしても利用することがあります。
水分摂取は病気の予防効果がある
水分を1日2L前後摂ることは様々な病気の予防になります。
人間は夜寝ているうちにもコップ一杯(180ml程度)の汗をかくといわれています。
また特に汗をかいていない時でも不汗蒸泄と言って水分は常に体から失われています。
このような観点からも水分摂取が重要だということは分かりますが、適度な水分摂取は病気の予防にもなるのです。
適度な水分摂取を日課にしていると血液を綺麗に保つことができ、さらに血液の粘性をコントロールすることができます。
血液がドロドロだと血栓ができやすい為、脳卒中を引き起こすきっかけになります。
水分を摂るだけで脳卒中の発症リスクを下げることが出来るので習慣化することをおすすめします。
水分摂取の回数と量で分かる病気のサイン
普段からの水分摂取の回数と量が病気のサインになっていることがあります。
- 過剰に水分を摂る
- トイレの回数が増えた
この2つのサインがあると糖尿病の危険性があるとされています。
糖尿病でインスリンが十分に分泌されなかったり、インスリンが十分に働かないと、高血糖、つまり血液中のブドウ糖の濃度がとても高くなります。
ブドウ糖は体に必要な栄養分なので、通常は尿と一緒に排出することができず、血液中に戻されます。
しかし、糖尿病で血液中のブドウ糖が多くなり過ぎると、腎臓はブドウ糖を大量の水分と一緒に尿として排出するようになる為、尿の量や回数が増えます。
尿の量を増やす為には、体の中の水分を使います。
高血糖状態を改善する為に、体の中の水分が多量に使われてしまうと、脱水状態になります。
脱水になると、のどの渇き(口渇)を感じ、それを改善する為に多量に水分を摂ります。
この喉の渇きは糖分を摂りすぎたことによる脱水症状です。
普段の水分の摂り方から重大な病気を発見することが出来ます。
作業療法士の水分摂取について
作業療法士として水分摂取について、色々と解説いたしましたが、実際のところ、多くの作業療法士は自身の水分摂取にずさんです。
飲みたくても飲めない時もあることが原因の場合があるからです。
作業療法士は全国的に見て数が少なく、どこの病院も施設も作業療法士の人数が少ないところが多いというのが現状です。
作業療法士は分単位で仕事をこなさなければいけない臨床現場も数多く存在します。
その為水分摂取は後回しにしてリハビリをしなければならない、というパターンが多いです。
また病院や施設では不特定多数の人間が働く現場の為、清潔が何よりも重視されます。
患者を感染や不潔から守ることもとても大切ですが、自分が感染症になることも防がなければいけません。
この為、飲水する時にはしっかりと手洗いをした状態であることが好ましいのですが、手を洗って、水分を摂って、また手を洗って、という時間がないことが大抵です。
業務中に喉が渇いても患者さんから目が離せなかったり、リハビリの予約に遅れない為に水分摂取をおざなりにしがちなことが作業療法士をはじめ、医療や介護の現場では起こります。
勿論、作業療法士も脱水症状にならないように夏場は気をつけていますが、患者さんの目の前で水分を補給するわけにもいかない為、ロッカールームや休憩室と病棟を行ったり来たりすることがあります。
病棟に給水スペースがある施設もありますが、大抵はスタッフの利用を禁止している為、作業療法士はリハビリ室と病棟、ロッカールームや休憩室を行ったり来たりして何とか水分摂取をしている場合もあります。
患者さんには「水分を摂りましょう!」と指導しますが、はっきり言うと医者の不養生ということわざが当てはまる作業療法士は意外といるのではないでしょうか?
アンケートを取ってみると面白い結果が出てきそうですね。